ギター輸入顛末記

ギターが欲しい。久しくギターを所有しておらず、ギターを弾くこともほとんどなかったが、いつかは再び自分のギターを持って、日常的な楽しみとしてギターを弾きたいと思っていた。しかし、とにかく自分のギターであれば何でもいいというわけではない。この期に及んで、敢えてギターを買おうというわけだから、見て楽しい、弾いて楽しいギターでなくてはならない。また、誰もが持っているような、普通のギターでは納得できない。特別高価なものである必要はないが、これこそ自分のギターだと思える、独特のものでなくてはならない。

そういう目で探してみると、意外にあっさりとこれだと思えるギターが見つかった。ひとつはGibsonのES Les Paulで、もうひとつはPRSのS2 Standard 24だ。

ES Les PaulはLes Paulの外観でありながら、内部構造がほぼES-335と同じ、セミアコの構造になっているギターだ。Les Paulに比べると軽く、豊かな響きがするという。ESシリーズ特有の、バイオリンの様なf字孔が空いている点が独特だ。色も何種類かあるが、Lemon Burstが気に入った。Les Paulの代名詞のようなRed Sunburstもあるが、裏面が黒というのが味気ない。かと言ってBlackや、Tabaco Sunburstは好みではない。Lemon Burstは表面のレモン色からオレンジ色へのグラデーションに、裏面の茶色が良く馴染み、美しい。

S2 Standard 24は、Les Paulにない現代的な特質を持ったギターだ。PRS独自のトレモノ・ユニット、コイルタップ機能付きのハムバッカー・ピックアップ、ロック機構付きのチューナー、24フレットのネックなどが魅力だ。形はどちらかというとFenderを思わせるような形だが、マホガニーのボディにマホガニーのネックを膠で接着した、セットネック構造を持っている辺りは、Gibsonにも通じるところがある。PRSと言うと、きらびやかな塗装のメイプルトップのボディのギターが印象的だが、私が気に入ったのはマホガニー単板のサテン仕上げという薄い塗装のモデルだ。木材の質感がそのまま表面に見られる、独特のモデルで、色も数種類あるが、中でもVintage Cherryが気に入った。PRSの現代的なデザインと機能を持ち合わせたギターでありながら、GibsonのSGシリーズのような色合いを持っているところが独特だ。

価格面ではS2 Standard 24はPRSの中では低価格な方なので、ES Les Paulの方が定価で比べると倍以上する。初心者に近い状態から再びギターを始めることを考えると、まず手ごろなS2 Standard 24を入手し、そこそこ弾けるようになってからES Les Paulを求めるというのが順当だろう。

ところが、こういう独特なモデルを選ぶと、なかなか手に入りにくいという問題がある。国産の製品と違って、GibsonもPRSも米国で生産され、日本に輸入されている製品なので、国内販売代理店で取り扱っていなければ、簡単に入手することはできない。ES Les PaulもS2 Standard 24も取り扱う代理店自体が少なく、私が求める色のものを扱っている店は皆無だった。困ったなと思っている間に、年月が過ぎていった。

そうこうするうちに、事件が起きた。ES Les PaulのメーカーであるGibson社の業績が悪化し、日本でいう会社更生法の適用を申請したのである。運よく会社が再建出来たとしても、売れ筋ではないES Les Paulのようなモデルは廃版になってしまうかもしれない。調べてみると、既に私が求めるLemon Burstは廃版になっていた!

こうなるともう一刻の猶予もならない。ただでさえ入手困難なES Les Paulなのだから、製造中止ともなればあっという間に中古市場でも人気高騰して価格が跳ね上がるかもしれない。とにかく店頭展示品でも中古品でも、手の届く価格で入手できるうちに買わなくてはならない。

以前考えていた購入順序など吹っ飛んでしまい、まずはES Les Paulを手堅く確保する気で調べてみると、やはり国内で販売しているところはない。有名楽器店の在庫どころか、怪しいオークションサイトにすら出ていない。たまに出ていても、売却済みだったりする。無い無いと思いながら探していると、ふと米国の楽器専門のネットショップReverbの広告が目に留まった。

米国のサイトながら、海外向けの販売も視野に入れているらしく、主な表示は日本語で表示されている。よく見ると、楽器販売店向けにネットショップの機能を提供しているサービスらしく、ひとつのサイトに数多くの店舗が商品を出している。検索してみるとES Les PaulのLemon Burstの中古を出品している店舗が複数見つかった。そのうちのひとつ、Dave's Guitar Shopを選んで、日本への配送に対応しているか聞いてみたところ、直ぐに返事が来て2万5000円ほどの配送料で送ってくれるという。早速注文すると、1日もしないうちに出荷され、UPSでの追跡番号が発番された。この後は、UPSのサイトで荷物の場所と状況を確認できる。

米国国内を何日かかけて何ヶ所か点々とした後、アンカレッジで税関の通関手続き中になった。備考欄に、発送者に荷物の詳細を確認中と出て、少し不安がよぎる。そのまま時間が経過した。

翌朝、UPSの日本支社の方から電話がかかってきた。曰く、輸入しようとしているギターの材質を教えて欲しいということだった。詳しくはお店の方にと前置きしつつ、メーカーサイトの情報を元に回答したところ、お店にも確認して通関手続きをします、とのことだった。

更にしばらく時間が経って、やっと日本に向けて出発した。アラスカでの通関に時間がかかり、本来の乗り継ぎ便を逃したらしく、結局丸一日遅れてしまった。UPSの国内配送は平日しか行われず、受け取り損ねると再配送の回数に制限があるということなので、先手を打ってUPSに連絡し、国内配送を提携関係にあるクロネコヤマトに変更してもらう。

成田での通関、クロネコヤマトへの引き渡しと順調に進み、結局注文してから一週間ほどで手元に届いた。受け取り時に、国内の消費税分の金額をクロネコヤマトのドライバーに支払う。ギターの場合は、購入金額の60%の価格に対する消費税で済む。

早速開封して見ると中古とは言え、新品と変わらない美しさで傷ひとつない。Gibson特有の甘い香りがする。アンプに繋いで鳴らしてみると、Les Paulの音がする。セミアコなので、アンプに繋がずに弾いても、そこそこ音が出る。まさに、見て楽しい、弾いて楽しいギターだ。

ES Les Paulの購入が思った以上に順調に済み、すっかりいい気分になった私は、その勢いでS2 Standard 24の購入の検討を始めた。国内にもいくつか輸入代行的なサービスで扱っているところもあったが、前回購入したReverbにもいくつも出品があり、新品でも割安なのだ。いくつか選んで、日本に配送できるか聞いてみる。しかし、何軒か聞いてみると、いずれも日本には配送出来ないと言う。前回購入したDave's Guitar ShopにはS2 Standard 24 SatinのVintage Cherryはないので、頼めない。どうも様子がおかしい。

諦めずに、Reverb以外のサイトも探してみるが、いずれも国外には配送出来ないと言う。どうやらギターに使われている木材が、輸出規制の対象となっているらしく、輸出許可取得の手続きが煩雑となるのを嫌っているらしい。前回の時は、単に運が良かったのだ。やっとUKのサイトで日本に配送してくれるというところを見つけて注文するが、翌日になってやっぱり配送出来ないという。曰く、最近規制が厳しくなって、対応に時間がかかるので、今は注文を受けられないというのだ。仕方がないので、キャンセルして返金してもらう。

こうなったら、多少割高でも国内で輸入代行をしてくれるサイトを当たってみることにする。幸いAmazonに出品する形でS2 Standard 24 SatinのVintage Cherryの輸入代行を受けてくれるところが見つかって、早速注文する。しかしお店から、商品の写真が間違っているので、注文内容を確認してほしいと連絡がくる。よく聞いてみると、私が欲しいのは24フレットのモデルだが、注文したものは22フレットのものだという。写真ではどう見ても24フレットなのだが、写真が間違っているのだとか。24フレットのものも扱っているが、価格はもっと高くなるという。それでは予算オーバーなので、諦めてキャンセルして、返金してもらうことにする。

さらに別のサイトを探すと、海外ギターの輸入を専門に扱っているサイトが見つかり、S2 Standard 24 Satin Vintage Cherryを扱っている。早速注文すると、すぐに返事がくる。輸出許可を取るのに余分に数千円費用が掛かると言うが、合計しても許容範囲だ。銀行振込とPayPalが選べるというので、PayPalで払うことにした。納品まで3週間前後だという。

しかし、その後、3週間経過しても連絡がこない。お店にメールを出し、電話もしてみるが、全く連絡が取れない。4週間経過しても連絡がこない。これは何か問題が起きたか、はたまた騙されたか、PayPalの「買い手保護制度」を使って、キャンセルするしかないかもしれないと、ほぼ覚悟を決めた頃になって、やっと国内で出荷した旨、連絡が来た。

翌日、到着して早速開封してみる。サイトには新品と表示されていたが、ピックアップやピックガードにはひっかき傷があるし、ボディのエンドピンのそばに2mm程度の打痕があるので、恐らく中古品か店頭展示品なのだろう。アンプに繋いで鳴らしてみると、ギターとしての機能には特に問題はないようだ。一応お店には説明を求めるメールを出してみたが、なんせ全く連絡が取れないところなので、回答は得られないだろう。

色々あったので、嬉しさも半減だが、ギターそのものは素晴らしい。木材の温かみを感じる、さらさらした仕上げの表面で、ネックも細く握りやすく、手を滑らせやすい。ソリッドボディーでサスティンが得られやすい割には、立体的なカットのせいか、厚みも感じず、ES Les Paulほどではないものの、適度に軽い。

ギターの輸入は一筋縄では行かない。どうしても国内で入手できないものでない限り、多少割高でも国内の楽器店で購入した方が良いだろう。やむを得ず輸入する場合、輸出許可の手続きに精通した業者を見つける必要がある。また、万が一の時のために、PayPalの「買い手保護制度」などが利用できる支払い方法を選ぶ方が安心だ。実際の注文前に、納得が行くまで業者に質問するのも良い。回答の内容だけでなく、回答が得られるまでの時間も重要だ。注文してから連絡が取れず、不安にならずに済むし、やむを得ずキャンセルする場合も、手続きがスムーズに出来る。